サンセット77とおいちゃん

つぶやき

 昭和30年代の初め頃、アメリカのテレビドラマが数多く放送された。
 「パパは何でも知っている」、「ヒッチコック劇場」、「名犬リンチンチン」、「アイラブルーシー」など懐かしい。

 特にホームドラマは子供たちよりも親たちに影響を与えたようである。
 見たこともない大きな冷蔵庫。牛乳瓶。そして家事を手伝う優しい夫。

 私の母などは「パパは何でも知っている」の父親役であるロバート・ヤングが着ているエルボーパッチジャケットを見て、「肘に継ぎ当てまでして着ている。アメリカの男の人はエライ」と言って感心していたものである。

 そのテレビドラマの中に「サンセット77」というのがあった。二人の主人公が活躍する探偵もののドラマであるが、そのうちの一人はエフレム・ジンバリスト・ジュニアであった。

 ジュニアというのは父が有名なバイオリニストであったからである。ハイフェッツと同じレオポルド・アウアーの門下生であった。
 ジュニアは音楽の道には進まず俳優を選んだことになる。

 ジンバリスト・ジュニアについて書こうというのではなく、日本語版の吹き替えについて忘れ難い思い出がある。

 ウィキペディアによればサンセット77は1960年から1968年まで放送されたことになっている。

 当初ジンバリストの吹き替え声優は臼井正明さんであった。ジンバリストは1918年生まれというから撮影開始の頃は40代の初め頃ということになる。

 もう一人の探偵役は若いロジャー・スミスであるから、ジンバリストは渋くハンサムな中年男性としてキャラクターを設定したようである。事実ジンバリストは、大人の魅力として日本の女性たちの絶大な人気を得た。
 
 このジンバリストの雰囲気に臼井さんの声は実にピッタリと合った。臼井さんは歌で言えばテナーである。軽いということではなく、落ち着きと品の良さを兼ね備えた、滅多にない奇跡ともいうべき適役であった。

 ところが何年か後に、スポンサーや放送時間の改編などがあった時、ジンバリストの声は黒沢良さんに代わっていたのである。

 黒沢良さんと言えば俳優であり声優であり、一時代をなした名優である。文句の出るような配役ではないが、初めて黒沢さんの声で放送されたときそのショックはあまりにも大きいものであった。

 テナーからバリトンに代わったというだけでなく、キャラクターまで変わってしまったのである。これにはファンであった叔父も兄も姉も私も落胆した。あれはジンバリストではない。

 黒沢ジンバリストに慣れることができず、何回か後からは見るのをやめてしまった。臼井さんに似た声の声優をなぜ起用しなかったのだろうか。

 刑事コロンボのピーター・フォークの吹き替えは小池朝雄さんであったが、亡くなったのちは石田太郎さんが演じた。

 声優が代わることに不安があったが、石田さんは小池さんを真似たようである。これは正解である。新しいコロンボのイメージを作るなどということをしなかったことは石田さんの見識である。

 映画「男はつらいよ」の最初のおいちゃん役は森川信さんであった。その後森川信さんの死去により松村達雄さんに代わった。

 それから松村達雄さんの病気により三代目として下條正巳さんになった。下條さんがおいちゃんとしてシリーズの半分以上を演じている。

 松村達雄さんや下條正巳さんのおいちゃんがよくないというつもりはないが、やはりあの映画におけるおいちゃんは森川信さんしかいなかった。

 松村さんや下條さんにはどうしてもシリアスの陰がつきまとう。寅さんの滅茶苦茶な言動には、浅草軽演劇のような演技で受けないとまともなドラマになってしまうのである。

 当然監督の山田洋二さんは分かっていたことであった。
 代わるのは仕方ないことであるが、変わってほしくないものもある。(了)

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