連日暑い。クーラーがなかったらどういうことになるのだろうか。
試しにクーラーをつけないで寝床に入ってみようかと思うが、なんとかなるというような暑さではない。
地球には氷河期とか寒冷期という気候はあるが、熱波期とか超温暖期という気候はあったのだろうか。熱さによって人類滅亡というのもあるかもしれない。
親子4人で暮らした4畳半のアパートは、西日だけがしっかり入る部屋であった。クーラーのある時代ではない。寝苦しさに閉口したが、今でも生きているのだから、今ほどの暑さではなかったようだ。
オリンピックをなぜ夏にやるのだろうか。東京の時もそうであった。
東京の時はアメリカの放送局との絡みでそういうことになったと聞いたことがある。
スポンサーの意向にそわなければ選手の体調だ、観客の便利など言ったところで始まらない。パリはそんなに暑いところではないのだろうか。
パリオリンピックはほとんど見ていないが、家内は開会式を見てこんなに楽しいことはないという。好きなパリの町が映し出されるたびに、パリ旅行を思い出すのであろう。
女子柔道選手の号泣や、池江選手の、「正直、頑張ってきた分だけ無駄だったのか…」という言葉に心が痛む。オリンピックでの失敗は死ぬことより辛そうに見える。
毎週月曜と木曜はマッサージ師が来る日である。始めて2ヵ月になるが、まだ効果なるものは出ていない気がする。
「そんなに簡単によくなるものではないですよ」とマッサージ師は言うが、2ヶ月くらいで少しは良くなってもらわなければ、何のためにやっているのか、というのがこちらの気持ちである。
薄皮一枚剥がすように、と回復していくものだが、毎回厚皮1枚張りつけられているようなものである。
若いマッサージ師はよくしゃべる。依頼人との間にはコミュニケーションが大事だ、という考えがあるのか分からないが、とにかくしゃべる。
マッサージなどによって、劇的に症状が改善されるということは多分あり得ないことであるから、訪問マッサージなどというものは、依頼されやすく、解約されやすいものであろう。
依頼人を引き留めるにはおしゃべりしかない、と彼は考えているのではないだろうか。マッサージの学校には漫談科というコースもあるのではないか。
彼に確かな技術があっても、寡黙な愛想のないマッサージ師であれば、私のことであるから、効果なしと感じたら2、3回で解約していたかもしれない。
彼はそれを経験から分かっているのかもしれない。私の口から解約という言葉を出す暇もないほどよくしゃべる。
歩きにくい原因が筋肉にあることをマッサージ師はいつも強調する。しかしそれがどうも納得できない。こんなに歩きにくくなるほど筋肉が落ちたなどと考えられないのである。確かに若い頃に比べれば脚は細くなっているが、手術前までは歩けたのである。
筋肉がつけば歩けるようになるのか。筋肉は鍛えれば年齢に関係なくつくものだと言われるが、高齢者がそうするのは簡単なことではない。
マッサージは気長にやるものとされるが、高齢者のマッサージはみんな途中解約ではないだろうか。それも本人からではなく遺族からの。(了)
オリンピックとマッサージ

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